Walk,Melos.

勇者は、ひどく赤面した。

雨の日の結納式 その1

 雨の日が訪れるたびに、僕は☓☓☓との、あの、冷たく深い夜のことを思い出す。君、ここは正直にいかう。僕はその日、珍しく酩酊してゐた。いつものやうに、せせこましい仕事部屋で飲みながら、嗚呼、書けない!胸が痛いねえ、ゲホゲホ。まあ、喀血。いけないわ。いつそ、死んでしまいたいねえ、だなんて、ご冗談ひとつ、ふたつ。これは毎度のことなんだ。飲むと調子づいて、あること、ないこと、ネ。もつとも、肺に水がたまつて、毎晩くるしかつたのは、ホントウさ。ああ、☓☓チャン、そうそう、君も知つてゐるだらうね?彼女は僕の痩せた背中を優しく擦りながら、まあ、お止しになつて下さいまし。あたくし、あなた様だけが頼りなんですのよ、だなんて言うんだ。憎らしいだらう。僕じつは、彼女には少しウンザリしてゐたんだけどね。まあ、どだい、何が悪いかって、僕が悪いのさ。こんな色男だもの、みんな女のひとは、たとい旦那が在つたつて、そんなことはお構いなしに、僕に恋しちやうのだもの。僕だつて、苦しい。待つ身より、待たせる身が辛いのさ。あ、君。今のはひとつ、次の全集の見開きにのせるエピグラムにどうだらう。はは、冗談さ。サ、腰を下ろして呉れ給え。だけど、さ、☓☓チャンたら、熱の入れ方が違うんだ。僕に首つたけ。お金も全部都合して呉れた。実はそれが、美容学校を開くための大事な蓄えだつたということ、僕はこつそり知つてゐる。客を通すのにも、いちいち介在してきて、まるで本妻気分。僕、正直息が詰まつちやつた。おまけに彼女は、カリをいつも忍ばせてゐて、ときどきちらつかせてくるものだから、たまつたものじゃないさ。だから、ホラ、あの、読んで呉れたかい。僕の新作。あの作品はね、僕にとつて、すべてをやり直す契機になるように、書いたんだ。彼女は学が有るから、屹度読むだらう。それを狙つたんだ。しかしね、☓☓チャン、あの夜の数日前から、おかしなことを言い出すやうになつたんだ。